ポストシェア送る

三瀬と清流寺の歴史

三瀬の歴史は古く、平安時代は神崎荘という皇室の荘園でした。
同じ郡内には吉野ヶ里遺跡もあります。
戦国時代、26人の領主が治めていましたが、佐賀の龍造寺氏の勢力がおよぶに至って神代勝利(くましろ・かつとし)氏を招聘し、この地の当主としました。
神代と龍造寺の対立が続きましたが、後に和睦。勝利の嫡男、長良(ながよし)は佐賀藩祖・鍋島氏と縁組みをしながら領地を守ります。
しかし後に鍋島氏によって領地替えが命ぜられ、この地を去ります。
長良を祀ったのは、観音寺というこの寺で最も古い寺院です。
しかしこの観音寺、1963年に火災で焼失。その後再建されずに清流寺に合併されました。

資料が消失していますが、清流寺の開山は1386年とされています。
現住職が25代目となります。
かつて鍋島氏との親交があったことから、歴代の鍋島藩主のご位牌も祀られています。
清流寺の本寺は佐賀市大和町にある太陽山玉林寺。
大本山緦持寺の三十六門末の一つであり、清流寺歴代住職の中には本寺玉林寺の住職も数名みられます。

img_20170609-215816.jpg

清流寺の歴史へ戻る

プロフィール

プロフィール画像
名称
清流寺霊園
住所
佐賀市三瀬村杠(ユズリハ)1663-1
管理
宗教法人 清流寺
業務代行
石材センター永善 福岡事務所
お問い合わせ
0120-456-148
QRコード
携帯用QRコード